JUNK HEAD

アマゾンプライムで見たストップモーションアニメ。

メイドインどこなのか知らずに見始めて、しかも登場人物がごにょごにょ語を話すので、非常に無国籍。途中でこれはどう考えても欧米テイストの作品ではないから、韓国製だな。KPOPだけじゃなくてこんな映画も作るのすげー。話している言葉は韓国語に一番似ているよね、と思っていたらまさかのメイドインジャパン。まぁ日本語と韓国語の響き似てるしね。テレビの反対側から音声を聞いていた夫も何語なのってわざわざ覗きに来るくらい不思議な響きのごにょごにょ語であった。

 

もっと驚いたのは監督が一人で作り始めて、登場人物の声もほとんど全部自分で吹き替えしていて、最後のクレジットが同一人物の名前だらけなこと。7年もかけて制作したってすごいわ。7年って子供が生まれて小学校に入って2年生になるくらいの年月ですよ。

 

話は地上で暮らしている人類が生殖機能を失って頭部だけで生きているらしいんだけど、病気が広まってしまったから生殖機能を取り戻す必要があって、地下に広がっている別の生き物の文明に入り込んで生殖機能の細胞かなんかを探す話。地下の別の生き物たちが何なのかよくわからないのよね。でもみんなキモかわいい。そして地下では女が異常に強くて体もおっぱいも大きくて筋肉ムキムキで男たちを酷使している。

 

どうやら主人公はちんこを探しているらしくて、未知の動物のしっぽをちんこと間違えたり、「くのこ」というおいしい(?)食べ物が人間の胴体から生えるちんこっぽいものだったり(でも結局古くなって捨てられちゃう)、不思議テイストがちりばめられている映画。あと地下の捕食動物みたいなやつが後ろと前に顔があって、かわいい顔と怖い顔なんだが、怖い顔から食べてかわいい顔からウンコするとかもうカオス。エロはないがグロで不条理な世界の話なのになぜかレイティングがG(一般向け、もちろん子供もOK)という不思議。グロ以前に子供がこれ見てもわからないでしょ。まぁ大人の私もわからないけど、でもわけのわからん暗くて不条理な雰囲気は抜群によかった。

 

それから地下の生き物には目がない。眼鏡とかゴーグルをかけてるから、目の機能を果たす器官はあるんだろうし、目が見えているのは確か。でも基本的にぱっちり目があるのは主人公だけ。

 

最後は感動なんだが、旅の途中で終わっちゃう。ただこれは三部作の第一部ということで、指環物語みたいにあと二作できるらしい。本作を作るのに7年かかったなら、完結まであと14年待たないといけないのだろうか? 監督の人があと14年元気でいてちゃんとシリーズを完結してくれますように。

 

わけがわからないが面白いし、とにかく音楽がかっこいいのでお勧め。

2022年2月の読書記録

しあわせは食べて寝て待て1巻、2巻

叱らない、ほめない、命じない

チームが自然に生まれ変わる

ヒューマンエラーを防ぐ知恵 - ミスはなくなるか

ザ・ファブル The Second Contact 2巻

ぼくらは怪談巡礼団

怪談徒然草

怪のはなし

怪談を書く怪談

プレイヤーはどこへ行くのか - デジタルゲームへの批評的接近


漫画を入れてようやく10冊ちょっとですな。

「しあわせ~」はアマゾンでお勧めがあったので買ってみた。ほんわりしていてよい。「ザ・ファブル」は本編22巻を読んで続編も追って読み続けている感じ。みさきちゃんと明氏が幸せそうで何より。


漫画の間に挟まれているのが仕事のための本。仕事の参考になる本は会社がお金を払ってくれるので、図書館で順番待ちとかしなくてよいので本当にありがたい。ミスが多い人がいるので、対策を見つけるために読んだり、チームビルディングの本が中心になりますな。まぁミスしたってしょうがないじゃん、人間だものって思うのだが、少しでもそこから学ばないとどうしようもないのでね。

 

怪談系4冊は全部加門七海氏の本。フィクションの怪談は好きじゃないので、ノンフィクション系の怪談しか読まなくて、一番しっくりくるのが加門七海氏。「ぼくらは怪談巡礼団」を買って読んだら過去の作品も読みたくなって、昨日の午後4冊続けて読んでしまった。夜怖くてトイレに行けなくなったので夫を起こして付き添わせた。

 

最後の「プレイヤーはどこへ行くのか - デジタルゲームへの批評的接近」はちょっとマニアックな本で、読みたいけど図書館にもないから仕方なく買ったんだけど、なぜ読みたくなったのかが思い出せない。書評を読んだのかなぁ。

 

私は初期のRPGが大好きで、ファミコンスーパーファミコンくらいまでのドラクエファイナルファンタジーはやりこんだ。が、徹夜してゲームしたりした後の虚しさ(なんもならない非生産的行為にこんな時間を費やしてしまった……)が本当に嫌で、ゲームから遠ざかってしまった。本当はまたいつでもゲームを再開したいが、今はその当時よりもっと嗜好性や射幸性が強いゲームばっかりな気がして、私なら間違いなくゲーム廃人になるだろうというおそれからゲーム全般とは一切関わりを断っている。

 

ので、本に出てきたゲームも全然知らないし、ゲームを知らないと批評を読んでもピンと来ない。だから本を読むのにもやたらに時間がかかった。買った日にちを確認したら2021年3月15日だから、読むのに1年かかったわけだ。なんで買ったんだかな。これは読み返したりしないだろうし、図書館に寄贈できそうならしちゃおう。

窓辺の女の向かいの家の女

Netflixのシリーズドラマ。サスペンスらしいのに一話目に誰も死なないから「は?」と思って見ていたら、そのうち殺される人が出てくる。

主人公はアル中の元絵描きアナ。悲惨な過去を乗り越えられずに離婚して酒浸りになっている。元夫はFBIの精神鑑定する人。ある日9才の娘が、父親の職場密着みたいなアメリカの子供たちがよくやっているっぽいイベント(?)で父親の連続殺人犯のインタビューに同席し、運悪く殺人犯と2人きりになって食べられてしまった。アナはその事件以来壊れちゃって、毎日ワインを飲んでグダクダ暮らしている。ぶっとびすぎた話なのでアナの思い込みかと思っていたら、どうやらドラマのなかでは本当に起きたことらしい。前提からして変な話でしょ。

その割には毎日フルメイクだし、家も片付いてるし、金に困っている様子もない。私が毎日飲んだくれて暮らしていたら、まず着替えないし、シャワーを浴びないし、そもそも身だしなみ以前に生活の基本が押さえられなくなって家がカオスに突入すると思うが、まあドラマの世界なのでそこはよしとしよう。

でもすごいのがアナの飲みっぷり。ワインボトル一本分がまるまる入るグラスに赤ワインをなみなみと注いで、飲み続ける。私もあのグラスがほしくなった。

そしてアナは酒と向精神薬を同時に摂取するので、頭がおかしくなって現実と幻覚の区別がつかなくなる。見ているこちらも、アナにとっての現実や思い込みを見ているのか、本当に起きたことを見ているのかわからない。ここはミスター・ロボットと同じ感じ。

現実感のあるドラマではないのだが、誇張や独特の舞台ルール(?)みたいなものを受け入れられると気軽に見られる。次々と怪しい人が出ては消えていくし、そもそも途中までは殺人事件があったかどうかも不明なので、思わず展開が気になって最後まで見ちゃう。

真犯人は自称想像力豊かな私にも予想外の人物だった。しかしずっと気になっていた原題にヒントがあった。微妙に原題と邦題にずれがあるのよね。細かい文法ではなく、名詞に。

原題: The Woman in the House Across the Street from the Girl in the Window

Netflixの邦題: 窓辺の女の向かいの家の女
Google翻訳: 窓際の少女から通りを挟んだ向かいの家の女
DL翻訳: 窓辺の女と向かいの家の女

Google翻訳が今回は一番正確。訳した側にそれはわかりきっているはずなのだが、あえてタイトルを直訳っぽくしながらも正確に訳さなかったところに意図を感じる。見終わって「そこね!」と思った。

でも本当はただ単に字数制限があって意訳したタイトルに私がミスリードされた気になって勝手な解釈をしただけ? 見終わったあとまでもんもんとさせられる。

あと全然関係ないが、にょろにょろに似た顔をしたアナの友達がいい人。曲者揃いの中、ドラマの最初から最後までいい人なのは彼女だけだった。

2022年1月の読書記録

自由研究には向かない殺人(推理小説)
弁護側の証人(推理小説)
火星の人(SF)
マルドゥック・スクランブル(SF)
マルドゥック・ヴェロシティ(SF)
マルドゥック・フラグメンツ(SF)
上流思考

仕事の本を一冊しか読んでいませんな。

最初の3冊は美容院で読んだ週刊誌の書評で高評価されていたので読んだ。弁護側の証人は古臭くてなんかちょっとね。自由研究には向かない殺人は、今どきのティーンがSNSを駆使して身近な事件を解決するのがまあ新鮮。中盤まで読むのが面倒だったが、そこからは一気に最後までするっと読めた。

火星の人はカタカナやアルファベットが多くて途中細かい描写を理解できないこともあったが、一番楽しめた。マット・デイモン主演の映画のほうは見ていたのだが、その原作がこれだった。映画だと説明がないままストーリーが進行するが、小説は背景も起きていることもその解決策もぜんぶ読めるのでついていきやすい。そして科学的SF(?)なので、全てにロジックがある。でも何より主人公のユーモアと工夫して生き延びる知恵が素晴らしい。

冲方丁のマルドゥックシリーズはなんか知らないけど、一年に一度くらい読みたくなる。そして読むたびに感傷的だなーという感想を抱く。

上流思考は仕事のために読んだ。チームのビジョンとかを策定しないといけないので、今一番響きそうなキーワード(軽薄だと思うが、上司がそういうの大好きなの)や思考方法のヒントを探すため。アマゾンで星がたくさんついてるし、具体例がたくさんあって読みやすい。

特に「怒りをコントロールする」話は私が抱えている問題と同じ。要は「ボールをください」って言えないから高校生が殺し合うという因果関係(若者2人+衝動(+酒?)+銃=死体)を見つけてそこに介入する話。まあコミュニケーション手段を持たないのよね。どうせ何言ってもだめだろという諦めがある。私の職場で起きていることもまさにこれですよ。ただ、40才、50才をどうやって啓蒙するんだか。

私一人がコミュニケーション能力高めみたいな体で仕事をして自分の価値を高めても、それは上流思考ではないってことなんだが、面倒だしそれでもいっかって低きに流れようとする自分がいる。

リベンジの胃カメラ

今日は健康診断だった。オプションで胃カメラもつけた。今年で3回目。去年、おととしは麻酔なしで惨敗したので、今年は麻酔あり。

前回まではとにかく苦しくて吐いてげっぷも出しちゃうので、「これじゃなんもわからんよ」と医者に呆れられた。それで、意識を保ちながら胃カメラの苦しさを自分でコントロールするのはムリだと諦めをつけて、今回はリベンジの胃カメラである。

しかし説明段階で相変わらず病院に脅される。意識がなくなって暴れて身に覚えのない傷やアザがあっても知らんよとか、ふらふらでなかなか目が覚めないこともあるよとか、わけわからんこと喋り出すかもよとか、もうその段階で麻酔やめますって言わせたいのかなというレベルの具体的で怖い話を連続で聞かされる。それでもやりますというと、まずは点滴。

え、ここまだ待合室なのに寝ちゃっていいんですか?と思って慌てて「これなに?」ってきくと「生理食塩水だから怖がらなくていいよー」との答え。相変わらず説明に濃淡がある。誰にでもやること(麻酔の前の生理食塩水)、起きること(胃に空気を入れるからげっぷを我慢すること)の説明は一切せず、あとで何かあった時に病院が責任回避できるための話しかしない。こういうの何て言うんだっけ? 情報の非対称性だ。

そして待っていたらいよいよ呼ばれて処置。口にSMプレイみたいなマスクを装着されて、そこらへんから嫌な感じ。しかし「はい、麻酔入れますよ」と言われて、あ、視界がぶれてきたからこの後のことはちゃんと覚えておこうと思った時点で意識消失。次の瞬間には「杉山さん、聞こえますか? 終わりましたよー」という声で起こされた。

その時にビビッドな夢を見ていて、金色の空気の中でバリバリに仕事をしていた。だから「え、ちょっと待って。今目が覚めたらこの仕事はなかったことになっちゃうの?」というPCのデータが消えちゃったような失望感とともに目覚めたのであった。

時計を見たら15分も経過しておらず、ずいぶんあっさりしたもんだなと思った。隣に連れて来られた男の人は「最後目が覚めちゃいましたね、大丈夫でしたか?」ときかれていたので、そんな人もいるのかとぼんやり思った。

私の勝手な想像では、まず麻酔薬か鎮静剤みたいなもので眠らされて、そのあと目が覚める薬をまた注射されることになっていた。しかし10分、20分で自然に目覚める量の薬しか使ってないんだわね。レイブドラッグ盛られて、そのあと覚醒劑で目覚めるみたいな順番かと思っていたので、その点は肩透かし。

思い込みで頑なに麻酔を拒むのもアホですね。体育会系的精神で意識あるまま胃カメラの苦しさを頑張るよりずっと楽じゃないですか。ひとつ勉強になりました。

セカンドチャンス

父がふたつ買ったウェッジウッドのマグカップ。私はこれをナルニア国物語の朝びらき丸シリーズと呼んでいて大好き。

あまりに好きすぎて、ひとつは私が留学したときに持っていったそうなのだが、何も思い出せない。割ったらショックで覚えていると思うが、記憶にない。好きすぎて割れた記憶を封印してしまったのか? あるいはいつの間にか誰かに盗まれたんだろうか? それとも私が持っていったというのが父の記憶違いなのだろうか? そもそも留学先に持っていった記憶が私にはない。

いずれにせよ、残った片方がこれ。このシリーズはデパートで必ず見かけるが、円筒形のマグカップは最近置かれていない。廃盤になったのだろうか? よく見るのはティーカップかちょっと下のほうがカーヴィーな卵型のカップ

もう買えないからこれちょうだいと父に頼んだら断られた。ひとつはもうあげたし、これは父が死ぬまで使うんだそうである。

でも今日父のところに行ったら、気持ちが変わったらしく持っていっていいと言われた。もうすぐ死ぬかもしれないのに、そんなに物欲あったらいかんと思い直したらしい。なので、父の気持ちが変わらないうちに持ち帰った。

マイセンは高級すぎて普段使いできないし、ロイヤルコペンハーゲンは少し繊細な感じがするが、このマグカップは形が寸胴でシンプルなのに洗練されていてお茶がたくさん入る感じがすごく好き。そして模様にもストーリーがある。まあ私が勝手にそう解釈しているだけだが、好みってそんなもの。

同じシリーズでビッグな急須もある。それも父が持っていたような気がするが、そんなのは普段使いしないからいらない。父も多分使ったことがない。そこまでいくとイングランドの名家がお茶する感じで、スコーンのあるティータイムをしないといけなくなりそう。

とにかくこのカップカップとしてあるべき条件を兼ね備えた完璧なものなので、今度こそ(?)なくさないように、割らないように、心して扱わねばならぬ。

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父とバラ

実家の庭に繁っていたバラが無惨に刈り込まれていた。

父はそのバラが大好きで、母が少しでも枝を切るとかんかんになって怒った。そのためバラは繁り放題で、5月には白い花があちこちで弾けるように咲いた。

それなのに今日見たらそのバラが根元近くまで刈り込まれていた。あれでは今年はもう花をつけられない。

父は母といたからあのバラが好きだったんだと思った。母がいなくなった今、バラだけがあってもしょうがないらしい。

ただでさえ寂しい冬の庭がもっとしょぼくれている。