琅燦の裏切りについて (白銀の墟玄の月/12国記)

アマゾンレビューでほぼ全ての感想が語り尽くされている感じ。でも琅燦の裏切りの理由が不明という意見が多かったので最後の4巻を5回くらい読み返した私の考えも書いておこう。

まず阿選と驍宗はコインの表と裏のような関係なので、両者は非常に似通っている。つまりそれは両者ともに軍人として卓越した経験と技量をもち、安易なリスクはとらないということだから、阿選もよほどの確信を抱かなければ驍宗に対して謀叛を起こすことがない。そうすると驍宗はいつまでも獅子身中の虫を飼い続けなくてはならず辛い。

だから驍宗は琅燦に阿選を全面的にサポートするよう命じ、阿選が謀叛を起こすように仕向けた。阿選もバカじゃないので、琅燦が知識や技術を出し惜しみしていると思えばそこで不信感を覚えるため、琅燦としてははじめから全力で阿選の王位簒奪を助ける必要があった。そこまでしないと阿選は反旗を翻す決心をしないだろうというのが驍宗の読みで、それはその通りだったけど、それでも罠にはめられちゃいました、という感じではないだろうか。そういうコンテクストで琅燦はダブルエージェントであった。

彼女はついでに天の教条がどのように機能するかという長年の疑問についても答えが出るんじゃないかと思って個人的な実験もした。好奇心が強すぎてところどころでハードルを上げちゃったけど、驍宗と泰麒はテストにめでたくパスしたので、今後は琅燦も忠誠を尽くすと思われる。上の理由から驍宗に罰せられることもないだろうし、宮廷内で白い目で見られても本人はぜんぜん気にしないだろう。

阿選と驍宗の関係は光と影なんだが、光のほうの驍宗が完璧に近い存在なので、ほとんど実際には描かれない 。作者はむしろ阿選を描くことで驍宗をも浮かび上がらせようとしたのではないか。

このシリーズで驍宗の内面が描かれたのは今回が初めてで、あとは会話で本人が自分の心のうちを語る場面しかない。彼は完璧すぎて人間の延長としてあるのではなく、むしろ国そのものという位置付けにあるのではないか。だから本作においては主体性がない。本気を出したら驍宗のコピーの反乱なんて簡単に鎮圧できてしまうため、作者は王を敢えて無力化して(ほぼ)一般人の李斉と角と妖力を失った麒麟である泰麒を中心とした国民が自力で国と安寧を取り戻す話を描きたかったのだと思う。

琅燦の裏切りの理由は本作の舞台装置の一部にすぎず物語の本質は別のところにあるため、まあ気になるけど本当はあんまり追及しなくてもいいんじゃないかと個人的には思った。